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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)92号 判決

原告

ナカ工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

原告

エヌ・ティ・ティ都市開発株式会社

代表者代表取締役

【B】

両名訴訟代理人弁護士

花水征一

同弁理士

【C】

復代理人弁護士

辻河哲爾

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

平成10年審判第7838号事件について特許庁が平成11年2月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告両名及び株式会社ナカ技術研究所は、昭和61年8月27日、発明の名称を「フロアパネル及びその製造方法」とする発明につき共同で特許出願をした。原告ナカ工業株式会社は、平成7年6月1日、株式会社ナカ技術研究所を吸収合併するとともに、上記出願に基づき特許を受ける権利を一般承継した。原告両名は、平成10年1月16日に拒絶査定を受けたので、平成10年5月14日、上記拒絶査定に対して不服の審判を請求し、特許庁は、これを平成10年審判第7838号事件として審理した結果、平成11年2月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年3月3日、その謄本を原告両名に送達した。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、後に述べる本願第1発明は、実願昭59-63534号(実開昭60-177215号公報)のマイクロフイルム(審決の甲第1号証、本訴の甲第3号証。以下「引用刊行物1」という。)に記載された物に係る技術(以下「引用発明1(1)」という。)及び実願昭58-196452号(実開昭60-102312号公報)のマイクロフイルム(審決の甲第2号証、本訴の甲第4号証。以下「引用刊行物2」という。)に記載された技術(以下「引用発明2」という。)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、後に述べる本願第2発明も、引用刊行物1に記載された方法に係る技術(以下「引用発明1(2)」という。)、引用発明2、昭和47年3月30日日刊工業新聞社発行「金型便覧」302頁(以下「引用刊行物3」という。)に記載された技術(以下「引用発明3」という。)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、いずれも、特許法29条2項に該当し特許を受けることができない、とするものである。

3  特許請求の範囲の記載(別紙図面(1)第1図~第4図参照)

(1)  請求項1(以下、請求項1に係る発明を「本願第1発明」という。)

「表面板と裏面板とを少なくともそれらの端部において接合し、一体化してなるフロアパネルにおいて、前記裏面板の前記縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し、前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ、前記裏面板の一つの隅部付近に充填材の注入口を形成し、前記裏面板の前記注入口の対角線上の他の隅部付近には空気抜き孔を形成し、前記注入口から前記空間内に前記充填材を充填したことを特徴とする、フロアパネル。」

(2)  請求項2(以下、請求項2に係る発明を「本願第2発明」という。)

「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有し、かつ、一つの隅部付近に充填材の注入口を、該注入口が位置する対角線上の他の隅部付近に空間抜き孔をそれぞれ有する、裏面板を形成する工程と、

前記表面板と前記裏面板とを少なくともそれらの縁部で接合して一体化し、前記表面板と前記裏面板の間に空間を形成する工程と、

前記注入口が下方に位置しかつ前記空間抜き孔が上方に位置するように、一体化された前記表面板と前記裏面板を傾斜させて配置する工程と、

前記注入口から充填材を前記空間内に充填し、前記空間抜き孔から前記充填材の一部が流出したときに前記充填材の充填を停止する工程と、

前記注入口を閉塞する工程と、を有することを特徴とする、フロアパネルの製造方法。」

第3原告ら主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、1(本願の経緯および本願発明の要旨)、2(原査定の理由)は認める。3(引用刊行物に記載された事項)の3-1(引用刊行物1に記載された事項)は、引用刊行物1(1)に、「両板A、B間に形成される充填空間2の容積を膨出部1の膨出によって形成される複数の凹凸部によって減少させ、」との構成が記載されているとの認定を争い、その余は認める。3-2(引用刊行物2に記載された事項)及び3-3(引用刊行物3に記載された事項)は、引用発明2及び同3の認定(12頁11行~13頁4行、13頁14行~17行)を争い、その余は認める。4(対比・判断)の4-1(本願第1発明について)は、本願第1発明と引用発明1(1)が、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ、」との構成部分において一致するとの認定(14頁7行~9行、15行~17行、15頁5行及び6行)、相違点及び作用効果についての判断を争い、その余は認める。4-2(本願第2発明について)は、本願第2発明と引用発明1(2)が、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有し、」との構成部分において一致するとの認定(19頁17行~末行、20頁4行及び5行、21頁11行~13行)、相違点及び作用効果についての判断を争い、その余は認める。5(むすび)は争う。

審決は、本願第1発明について、引用発明1(1)との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点及び顕著な作用効果についての判断を誤り(取消事由2及び3)、本願第2発明について、引用発明1(2)との一致点の認定を誤り(取消事由4)、相違点及び顕著な作用効果についての判断を誤り(取消事由5及び6)、その結果、本願第1発明及び本願第2発明の進歩性を否定し、いずれも特許法29条2項に該当し特許を受けることができないと誤った結論を導いたものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(本願第1発明と引用発明1(1)との一致点の認定の誤り)

審決は、引用発明1(1)は、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」という構成を有するものと認定し、これを前提に、本願第1発明と引用発明1(1)は、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ、」との構成部分においても一致する旨認定したが、この認定は、誤っている。

(1)  本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成の技術的意義は、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにある。

本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るとの構成は、「縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し」との構成と相まって、①凸部となる部分については表面板との距離を維持し、凹部となる部分(空間側に突出した部分)については表面板との距離を短くする(短距離の極限値は表面板との接合である。)ことにより(これにより当然、空間容積はより減少する)、流体が流れる方向の流路断面積が大きい凸部と断面積が小さい凹部を生ぜしめ、充填物の粘弾性により、充填物の均一的な充填を確保するとともに、②表面板と裏面板との空間の容積全体を減少させることにより、フロアパネルの全厚も薄くすることにある。

要するに、本願第1発明は、充填材の粘弾性を十二分に利用すると同時に、フロアパネルの全厚をできるだけ薄くするために、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」との構成を積極的・意図的・目的的に採用しているものである。

(2)  一方、引用発明1(1)は、引用刊行物1の記載から明らかなとおり、「複雑な加工作業を必要とせず簡単且つ容易に行なうことができる耐圧付与構造を備えた床パネルを提供して、生産性の向上を図ると共に、安価に形成する」(甲第3号証2頁末行ないし3頁3行)という技術的課題に対処すべく、フロアパネルにおいて、裏面を下方へ膨出させ、その膨出部自体の形状を底面円弧で断面弓型のアーチ型とするという構成(別紙図面(2)の第3図、第6図参照)を採用し、また、裏面を下方へ膨出させた後に、膨出部の内側に、凹部(内面に突出した部分)を形成し、その凹部の形状を底面円弧で断面弓型のアーチ型とするという構成(別紙図面(2)の第1図、第4図)を採用したものである。それゆえ、引用発明1(1)に、凹凸部を有する実施例が記載されているとしても、本願第1発明の「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという発想がないのみならず(別紙図面(2)の第3図、第6図参照)、縁部に平坦部を形成するとともにその内側に凹凸を設けることにより、隅部、縁部に空隙を生じることがなく均一な充填を行うとの発想はなく、当然のこととして凹凸部の形状・設置場所等について本願第1発明と差異を生じるのである。

要するに、引用発明1(1)には、裏板(B)の凹凸が充填材を均一に充填する作用をするとの技術は、何ら開示されておらず、これを示唆する記載もないから、引用発明1(1)が、本願第1発明の「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」る構成を何ら示唆することがないのは明らかである。

(3)  また、引用発明1(1)の技術的思想ないし解決手段は、耐荷重強度付与をパネルの裏面に形成された膨出部ないし補強部のドーム型構造に委ねたものであり、構造力学的思想に依拠したものといえるから、引用発明1(1)では、アーチ型構造により荷重分散ができなければならないのであり、膨出部ないし補強部を表面板に接合させることは許されない。つまり、膨出部と表面板との距離最短の極限値である表面板との接合は許されない。とすると、引用発明1(1)は、膨出部ないし補強部と表面板との距離を短くすることを否定しており、本件第1発明の「空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」る構成を採用しているとはいえない。

また、引用発明1(1)においては、アーチを利用した補強部による荷重分散という技術的思想に依拠しているものであるから、アーチ型の凹部を作成すれば足りるのであり、これを更に進んで、その凹部と表面板との距離を短くすることまでは不要である。したがって、引用発明1(1)は、凹部と表面板との距離を短くすることまで予定していないので、本件第1発明のような「空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成を採用しているとはいえないのである。

2  取消事由2(本願第1発明と引用発明1(1)との相違点についての認定判断の誤り)

(1)  引用発明2の認定の誤り

審決は、相違点についての容易想到性の判断の前提として、引用発明2は、本願第1発明の「前記裏面板の前記注入口の対角線上の他の隅部付近には空気抜き孔を形成した」との構成を有すると認定したが、誤っている。

(イ) 引用発明2は、本願第1発明における、充填物の充填時に内部空間内にある空気を排出するという技術的意義を持つ「空気抜き孔」の構成を備えていない。

引用刊行物2には、「液体13を排出」、「火災発生時に自動開放」して「放水」、「ポンプ15によって吸込んだ汚染空気を、パネル内部の液体13中に通すことにより浄化する」と記載されているとおり、引用発明2の「排出口」は、滞留された充填物の排出に利用されるものであって、「空気抜き孔」ではない。

また、引用刊行物2をみても、「注入口5を下端に設ける」(3頁12行)場合に、充填物排出口6を上端に設けるとの記載は存在しない。そもそも、排出口は、流れやすい充填物を排出するために使われるものであるから、排出口を上端に設けることは考えられないことである。したがって、引用刊行物2に記載されている排出口が空気抜き孔の機能を果たすことはあり得ない(別紙図面(3)参照)。

(ロ) 引用発明2は、本願第1発明における、「注入口の対角線上の他の隅部付近」に空気抜き孔を形成するという構成を備えていない。

本願第1発明の「前記裏面板の前記注入口の対角線上の他の隅部付近には空気抜き孔を形成」という構成は、フロアパネル内に意図的に作られた充填物の流路の末端に空気抜き孔を形成ということを意味するものである。このことは、本願第1発明の特許請求の範囲において、わざわざ「空間の容積を凹凸部によって減少」、「充填材を充填」と記載され、裏板の凹凸部の作出により生じる流路と充填物の粘弾性を利用して充填物の均一的充填を図ったものであることが示されていること、空気抜き孔が、注入口から最も離れた「対角線上の他の隅部」に存在するという記載があることからも明らかである。

一方、被告主張のとおり、引用刊行物2の第2図には、パネル本体の上端の一つの隅部に注入口5が、注入口が設けられた隅部の対角線上の下端の隅部に排出口6が、それぞれ設けられた構成が示されているものの、引用刊行物2は、第1図及びその詳細な説明において、連通孔を設けるとしており、この連通孔は、液体の面レベルを一定化するにあるから、この連通孔を第2図に採用した場合、充填物は、充填空間を単純に下から上に、液体の耐レベルがほぼ水平に維持しながら下から上に上昇するものである。したがって、たとい上部隅に排出口があったとしても、その排出口が、流路の末端に位置するといえないのは明白であり、流路の末端に位置する空気抜き孔とはなり得ない(別紙図面(3)参照)。

引用刊行物2の第3の実施例及び第4図によれば、「浄化空気吹出口」が上方に設けられていることが認められるけれども、この排出口から排出されるのは、充填物の充填時に内部室間内にある空気ではなく、注入口より取り入れた汚染空気を浄化した空気であり、このことは、引用刊行物2の「浄化空気吹出口」との記載からも明らかである。

(2)  引用発明1(1)と引用発明2の組合せの推考困難性

審決は、上記相違点について、引用発明1(1)に引用発明2を適用することによって、当業者が容易に本願発明に想到し得たと認定したが、誤っている。

引用発明2は、遮音性のみ問題とし、耐荷重強度付与という課題について何らの記載もしておらず、また、間仕切りパネルであるために平面板に対する垂直の耐荷重という問題も生じないため、耐荷重強度付与という課題について示唆もない。したがって、引用発明2は、本願第1発明とは、その技術的課題を異にしているものである。

また、本願第1発明における「注入口の対角線上の他の隅部付近には空気抜き孔を形成」という構成は、充填物の均一的な充填という技術的思想と密接不可分の関係にある。しかし、引用発明2には、フロアパネル等の平面的なものに均一的に充填するという技術的思想が開示も示唆もされていない。

したがって、前記相違点について、当業者において、引用発明2を適用することによって本願発明に想到するという発想が生じることはない。

3  取消事由3(本願第1発明の顕著な作用効果の看過)

本願第1発明は、特許請求の範囲に記載された構成とすることによって、初めて、充填物の粘弾性を利用でき、充填物の均一充填による耐荷重強度確保と同時にフロアパネルの全厚薄化が可能となったものである。本願第1発明は、隙間なく均一な充填を行うことができるので、従来に比べて薄厚でもフロアパネルとして十分強度を有するものの製造を可能にしたのである。

したがって、耐荷重強度の付与及びフロアパネルの全厚薄化という本願第1発明の効果について、引用発明1(1)及び同2に基づいて当業者が容易に予測できる程度のものであるとはいえない。

また、この種のフロアパネルを工場において効率的に生産する為には、充填が短時間に、隙間なく均一にしかもこれを確認する必要がある。本願第1発明は、これをも可能としたものである。

4  取消事由4(本願第2発明と引用発明1(2)との一致点の認定の誤り)

審決は、引用発明1(2)は、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」という構成を有するものと認定し、これを前提に、本願第2発明と引用発明1(2)は、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」との構成部分においても一致する旨認定した。しかし、引用発明1(2)は、上記構成を有していない。審決の上記認定は、誤りである。

本願第2発明における「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」という構成の技術的意義は、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにある。一方、引用発明1(2)には、裏板Bの凹凸が充填材を均一に充填する作用をするとの技術は、何ら開示されておらず、これを示唆する記載もないから、引用発明1(2)が、本願第2発明の「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」との構成を示唆するものということはできない。具体的には、前記取消事由1に主張したとおりである。

5  取消事由5(本願第2発明と引用発明1(2)との相違点についての認定判断の誤り)

(1)  相違点1について

審決は、引用発明2は、本願第2発明の「該注入口(判決注・裏面板の一つの隅部付近に形成された充填剤の注入口)が位置する対角線上の他の隅部付近に空気抜き孔を・・・有する、裏面版を形成する工程と、」との構成を有すると認定し、これを前提として、当業者が容易に相違点1に係る本願第2発明の上記構成に想到し得たと認定したが、引用発明2が上記構成を有するとの認定が既に誤っており、また、容易推考性の判断についても誤っている。その理由は、前記取消事由2に主張したのと同様である。

(2)  相違点2について

(イ) 審決は、引用刊行物3に、引用発明3として、本願第2発明の「前記注入口が下方に位置しかつ前記空間抜き孔が上方に位置するように、一体化された前記表面板と前記裏面板を傾斜させて配置する工程」との構成が記載されていると認定し、これを前提として、当業者が容易に相違点2に係る本願第2発明の上記構成に想到し得たと認定したが、容易推考性についての判断において誤っている。

引用発明3は、金型の技術分野におけるものである。金型においては、その空間内の凹凸は金型によって成形されるモデルの形状によって決められる。そこにみられる充填に関する技術的思想は、樹脂中に気泡が含まれないように静かに樹脂を注入させ成型するということにつきるものであって、成型物フロアパネル内の充填空間のすべての部分に、いかに速く、均一に充填させるかを目的とする本願第2発明におけるものとは全く別である。したがって、引用発明3には、本願第2発明の上記構成の記載があるとはいえない。

そもそも、金型による成型は、それ自体で高度の専門性がある独自の技術分野であり、また、引用発明3の充填物は、流動性の高い樹脂であって、もともと均一に充填することに困難性はないから、引用発明3は、本願第2発明のようなフロアパネルの製造とはその技術分野を全く異にするものというべきである。

溶融樹脂を成型するための引用発明3の金型の内部空間は、樹脂の注入口と空気排出口とを除いて密封されるのに対し、本願第2発明のフロアパネルの内部空間(表面板と裏面板とによって形成される空間)は、フロアパネルの縁部が密封されておらず、また、引用発明3の金型は、流動性のある固体状又は半固体状の充填物を均一に充填するための凹凸を備えていない。これらのことからすると、引用発明3の金型への注入方法によっては、本願第2発明のフロアパネルのように、短時間で均一に充填することができず、本願第2発明と同程度の生産性を上げることは不可能というべきである。

以上のとおりであるから、当業者が、引用発明1(2)と引用発明3とを組み合わせることにより、相違点2に係る本願第2発明の構成に容易に想到し得たとは、いうことができない。

(ロ) 本願出願前に「充填材の注入法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するようにして注入すること」が周知の技術的事項であったことは、事実である。

しかしながら、審決が上記周知の技術的事項を示すものとして挙げた実願昭55-173307号(実開昭57-95910号公報)のマイクロフイルム(甲第7号証)、実願昭56-1114979号(実開昭58-21417号公報)のマイクロフイルム(甲第8号証)は、単に、充填空間において、充填物を下から上に向かって、かつ、充填物の耐レベルをほぼ水平に維持しながら、いわば重力を利用して充填していく技術である。

これに対して、本願第2発明の「注入口が下方に位置しかつ空気抜き孔が上方に位置するように、一体化された表面板と裏面板を傾斜させて配置する工程」は、粘弾性体たる充填物について、意図した流路を流すための工程を意味しており、重力を積極的に利用するものではない。したがって、当業者にとって、引用発明1(2)に甲第7、8号証記載の技術を適用する動機付けがあったとはいえない。

また、実願昭55-173307号(実開昭57-95910号公報)のマイクロフイルム(甲第7号証)は、金型による製造の発明であり、引用発明3と同様、本願第2発明のようなフロアパネルの製造とはその技術分野を全く異にするものである。また、空間内に凹凸を設けられた充填空間に充填物を流すという技術的思想も生じ得ない。したがって、当業者にとって、引用発明1(2)に甲第9号証記載の技術を適用する動機付けがあったともいえない。

6  取消事由6(本願第2発明の顕著な作用効果の看過)

引用発明1(2)及び引用発明2の組合せから、本願第2発明の作用効果を奏し得ないことは、取消事由3で述べたとおりである。

また、引用発明1(2)に、引用発明3及び周知の技術的事項を組み合せてみても、これらに本願第2発明の技術的思想が示唆されていない以上、本願第2発明の奏する作用効果を容易に想到し得るはずがない。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。

1  取消事由1(本願第1発明と引用発明1(1)との一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は、本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成の技術的意義は、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにあると主張するが、誤りである。

原告主張の上記構成に関して本願第1発明の特許請求の範囲に記載されているのは、「前記裏面板の前記縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し」という構成と、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」という構成のみである。他方、引用刊行物1をみれば、その第1図、第4図及び第7図に上記と同様の構成が記載されていることは明らかである。

(2)  原告は、引用刊行物1に記載された技術的課題や構成について述べ、この技術的課題や構成と本願第1発明との相違を述べているけれども、審決が同刊行物に記載されたところから引用発明1(1)として把握した技術は、被告が主張するようなものではない。

審決は、引用刊行物1の第1図、第4図及び第7図の実施例において、両板A、B間に形成される充填空間2の容積のうち、下方に向けて膨出した膨出部1によって形成される容積が、その内側に上方に向けて膨出して形成された補強部3により減少させられているという技術に着目したのであり、両板A、B間に形成される充填空間2の容積のうち、下方に向けて膨出した膨出部1によって形成される容積が、その内側に上方に向けて膨出して形成された補強部3により減少させられることは明らかである(別紙図面(2)参照)。

なお、原告は、引用刊行物1の第3図、第6図に言及して審決を論難するが、審決が引用したのは、第1図、第4図及び第7図であって、第3図、第6図ではない。

(3)  原告は、引用発明1(1)は、膨出部ないし補強部と表面板との距離を短くすることを否定しており、本件第1発明の「空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」る構成を採用しているとはいえない旨主張する。しかし、補強部3と表面板が接合させることが許されないことは原告主張のとおりであるとしても、これをもって、直ちに、膨出部ないし補強部と表面板との距離を短くすることを否定しているということはできない。

2  取消事由2(本願第1発明と引用発明1(1)との相違点についての認定判断の誤り)

(1)  引用発明2の認定の誤りについて

引用刊行物2には、第1図及び第2図に示される第1の実施例について、「図において、1は内部に充填用空間2を有する密閉型のパネル本体、3は連通孔4を有する補強材、5は本体1に設けた充填物注入口、6は排出口、7、8は栓である。」(2頁19行~3頁2行)、「なお、注入口5を下端に設けたものや排出口6をもたないものもこの考案の実施例である。」(3頁12行~13行)との記載があり、第2図には、パネル本体の上端の一つの隅部に注入口5が、注入口が設けられた隅部の対角線上の下端の隅部に排出口6が、それぞれ設けられた構成が示されている(別紙図面(3)参照)。そして、上記のとおり、「注入口5を下端に設けたもの」に続けて「排出口をもたないもの」と記載されていることから、「注入口5を下端に設けたもの」には、当然に排出口を持つものも含まれ、注入口5を下端に設けたもので、排出口を持つものについて、第1の実施例に関する記載及び第2図を参酌すれば、充填物注入口5を下端の隅部付近に設け、充填物注入口の対角線上の他の隅部である上端に排出口を持つ構成の開示があるものということができる。

一方、容器に充填物を充填する際に、下端に設けた充填物注入口から充填物を注入するに当たり、上端に設けた排出口を空気抜き孔として用いることは、上端に充填口とは別に空気抜き孔を設けなくては、通常、容器空間内の空気を圧縮することとなり、充填を円滑に行うことは不可能であることから、技術的に当然行うべき事項であって、当業者が普通になし得ることである。

そして、引用刊行物2に、上端に排出口を設ける技術が記載されているとみられることは上記のとおりである以上、そこには、本願第1発明における「空気抜き孔」を備えているものが開示されており、また、その「空気抜き孔」の位置は、上記のとおり、本願第1発明におけると同じく、「注入口の対角線上の他の隅部付近」に存することも開示されているとみることができるのである。これが引用発明2である。

(2)  引用発明1(1)と引用発明2の組合せの推考困難性について

引用発明2は、建築用パネルに、高い遮音性能を実現するために、充填物を隙間なく、均一に、充填する技術を示しているものである。そして、充填後の建築用パネルがフロアパネルのように平面的に使用されるものであるか否かは、均一的な充填を行うに際して、無関係である。引用発明1(1)に引用発明2を適用し得ないとする原告の主張は、失当である。

3  取消事由3(本願第1発明の顕著な作用効果の看過)について

引用刊行物1の第1図、第4図及び第7図に示す実施例において、両板A、B間に形成される充填空間2の容積のうち、下方に向けて膨出した膨出部1によって形成される容積は、その内側に上方に向けて膨出して形成された補強部3により減少させられるから、引用発明1(1)において、フロアパネルの全厚薄化が達成されることは明らかである。

また、建築用部材のパネルに充填物を充填する際に、その内部に隙間なく均一に充填を行うことは、この技術分野における一般的かつ当然の課題であり、引用発明1(1)も同2も、ともに、充填物を隙間なく均一に充填されているものとみるべきであり、それにより、充填物が隙間なく均一に充填されていることに応じた耐荷重強度が確保されているのである。

原告の顕著な作用効果の看過についての主張は、失当である。

なお、原告は、本願第1発明が生産性を向上させるとの主張をしている。しかし、本願第1発明に係る特許請求の範囲の記載から、直ちに充填が短時間に行われるものとすることはできず、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

4  取消事由4(本願第2発明と引用発明1(2)一致点の認定の誤り)について

原告の取消事由4に係る主張は、誤りである。その理由は、上記1に述べたのと同様である。

5  取消事由5(本願第2発明と引用発明1(2)との相違点についての認定判断の誤り)について

(1)  相違点1について

原告の取消事由5の相違点1に係る主張は、誤りである。その理由は、上記2に述べたのと同様である。

(2)  相違点2について

(イ) 引用刊行物3が、密閉型の金型の技術分野に関する文献であることは事実である。しかし、審決が同刊行物から把握したのは、充填材の注入方法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するように、傾斜させて配置して注入を行うことにより、密閉容器の内部に空気が閉じ込められない、すなわち、充填材が密閉容器内部の隅々まで行き渡るようにするという技術であり、これは、密閉容器であるフロアパネルの縁部や隅部への充填を確実に行うという本願第2発明と課題を同じくするものである。

本願第2発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本願第2発明は、充填材の流動性について何ら特定されていないから、充填物の流動性の有無を本願第2発明と引用発明3の相違とみることはできない。

(ロ) 審決が甲第7ないし9号証から周知の技術的事項として抽出しているのは、「充填材の注入法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するようにして注入すること」であり、上記各文献に記載されているところは、この点において、本願第2発明の技術と何ら変わるところがない。そして、引用発明1(2)に甲第7ないし9号証記載のこの技術を適用することを阻害する要因は見いだせないから、引用発明1(2)にこの技術を適用することは、当業者が容易になし得たことである。

6  取消事由6(本願第2発明の顕著な作用効果の看過)について

原告の取消事由6に係る主張は争う。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本願第1発明と引用発明1(1)との一致点の認定の誤り)について

審決は、引用発明1(1)は、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」という構成を有するものと認定し、これを前提に、本願第1発明と引用発明1(1)は、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ、」との構成部分においても一致する旨認定したのに対し、原告は、これを争う。

(1)  原告は、本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成の技術的意義は、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにある旨主張する。

しかしながら、表面板と裏面板の間の空間の容積の減少に関して本願第1発明の特許請求の範囲に記載されているのは、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」の文言のみであり、その「前記凹凸部」に関して同特許請求の範囲に記載されているのは、「前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し、」との文言のみであることからすると、文言上、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」とは、「前記凹凸部」の存在を原因として生ずる作用効果を記載しているにすぎず、上記文言に、原告が主張するような凹凸部と表面板との関係を調節するという技術的意義を読み取ることはおよそできない。

仮に、本願第1発明が、原告主張の「裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節する」との技術的意義をも有するのであれば、当然に、「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積」をどのようにして、どの程度に「減少させ」るかなどに関する記載を必要とするはずであるのにもかかわらず、そのような記載は、本願第1発明の特許請求の範囲には、全くないのである。

念のために、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成が、原告主張の「裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節する」との技術的意義を有するものと認め得べき記載を見いだすことができない。

本願明細書の発明の詳細な説明中には、「本発明のフロアパネルの裏面板に形成された凹凸部は充填材の注入の際に適度の抵抗を生じ、この抵抗がフロアパネルの周縁部への充填材の充填を確実にするから、充填材はフロアパネルの全体に均一に充填される。すなわち、フロアパネルの裏面板に凹凸部が存在しないと、充填材は注入口から空気抜き孔まで最短距離を辿って移動する傾向が強く、充填材がこのような経路を辿って移動すると、フロアパネルの縁部や隅部に充填材が充填される前に充填材は空気抜き孔から溢れ出ることになる。これを防止するため、注入口と空気抜き孔の中間部に凹凸部を形成して充填材に流れ抵抗を付与すると共に、縁部を平坦部として充填材の流入抵抗を減少させたのである。これにより、注入口から注入された充填材は、注入口から空気抜き孔まで最短距離を辿って移動する傾向が減ぜられ、縁部から中央部に回り込むような流れをも生じ、フロアパネルの内部を注入口側から空気抜き孔側に内かつて確実に満たしつつ、空気抜き孔に達する。したがって、フロアパネルの中央部はもとより、特に高い強度が要求される縁部及び隅部への充填も確実に行われる。」(甲第2号証3頁5欄21行~39行)との記載があるものの、同記載は、裏面板に凹凸部があれば、充填材に流れ抵抗を与え、縁部を平坦部として充填材の流入抵抗を減少させるので、縁部や隅部への充填も確実に行われるという一般的な説明をしているにすぎないものであり、裏面板の凹凸部と表面板との関係、すなわち、表面板と裏面板の間の空間の容積をどのようにして、どの程度に減少させるかなどについての記載はないから、そこに、原告主張の「裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節する」との技術的意義を読み取ることはできない。

以上によれば、本願第1発明の特許請求の範囲の「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」の記載は、「前記裏面板の前記縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し、」との構成によって必然的にもたらされる作用効果を記載したにすぎず、それ以上の格別の意味を有するものとはいえないのである。

原告の主張は、本願第1発明の特許請求の範囲中の「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ、」の記載から、明細書に記載されていない事柄を読み取らせようとするものであって、失当であることが明らかである。

(2)  引用発明1(1)が、本願第1発明と同様、「前記裏面板の前記縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し、」との構成を有することは、当事者間に争いがない。

そうすると、引用発明1(1)もまた、上記構成により当然にもたらされる機能である「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」という構成を有することが明らかである。

(3)  原告は、引用発明1(1)の技術的思想ないし解決手段は、耐荷重強度付与をパネルの裏面に形成された膨出部ないし補強部のドーム型構造に委ねたものであり、構造力学的思想に依拠したものといえるから、膨出部と表面板との距離最短の極限値である表面板との接合は許されないとし、これを根拠に、引用発明1(1)は、膨出部ないし補強部と表面板との距離を短くすることを否定しているとし、本件第1発明の「空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」る構成を採用しているとはいえないと結論付けている。

しかしながら、本件において、審決が引用刊行物1から引用発明1(1)として引用しているのは、原告の認めるとおり、「前記裏面板の前記縁部に平坦部を形成すると共に前記裏面板の前記縁部の内側に複数の凹凸部を形成し、」という構成であって、審決が、同刊行物の実用新案登録請求の範囲に係る考案自体を引用しているのではないことは審決書の記載自体で明らかであるから、上記考案自体の技術的思想ないし解決手段を論ずることは、そもそも失当である。しかも、引用発明1(1)において膨出部と表面板との距離最短の極限値である表面板との接合が許されないことは、そのとおりであるとしても、このことから、引用発明1(1)は、膨出部ないし補強部と表面板との距離を短くすることを否定しているとするのは、論理の飛躍という以外にないものである。

その他、原告は、本願第1発明における「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」るという構成の技術的意義が、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにあるとの前提で、引用発明1は、本願第1発明の「前記表面板と前記裏面板の間の空間の容積を前記凹凸部によって減少させ」との構成を有していないとし、縷々主張するが、前記認定に照らし、失当であることが明らかである。

2  取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)について

(1)  引用発明2の認定の誤りについて

審決は、本願第1発明と引用発明1(1)との相違点についての容易推考性の判断の前提として、引用発明2は、本願第1発明の「前記裏面板の前記注入口の対角線上の他の隅部付近には空気抜き孔を形成した」との構成を有すると認定したのに対し、原告はこれを争う。

(イ) 甲第4号証によれば、引用刊行物2には、「この考案の第1の実施例を第1図および第2図に基づいて説明する。図において、1は内部に充填用空間2を有する密閉型のパネル本体、3は連通孔4を有する補強材、5は本体1に設けた充填物注入口、6は排出口、7、8は栓である。9は床面、10は天井面、11は巾木部、12は笠木部で、第1図は、間仕切パネルAを施工した後、空間2に充填物13として、水を主成分とし防腐剤、防錆剤を含んだ液体を注入口5から注入し、栓7をした状態を示す。」(2頁19行~3頁7行)、「なお、注入口5を下端に設けたものや排出口6をもたないものもこの考案の実施例である。」(3頁12行~13行)、「第1図はこの考案の第1の実施例の断面図、第2図はその斜視図」(4頁11行~12行)との記載があり、第1図及び第2図には、パネル本体の上端の一つの隅部に注入口5が、注入口が設けられた隅部の対角線上の下端の隅部に排出口6が、それぞれ設けられた構成が記載されていることが認められる。

上記記載によれば、引用刊行物2には、内部に充填用空間を有する密閉型のパネル本体において、下端の一つの隅部に注入口を設け、当該注入口の設けられた隅部の対角線上の上端の隅部に排出口を設けるという構成が記載されているものと認められる。

(ロ) 密閉空間に注入口から充填物を充填する際には、空気が密閉空間の中に閉じこめられないように工夫をする必要があり、そのために、当該注入口とは別に適当な箇所に空気抜き孔を設けることが好ましいことは、当業者の技術水準を論ずるまでもなく、むしろ、一般人の常識に属する事項であることは、当裁判所に顕著である。なお、原告も、取消事由5において、本願出願前に「充填材の注入法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するようにして注入すること」が周知の技術的事項であったことを認めていることからすれば、その前提たる充填材の注入において空気抜き孔を設けることも周知の技術的事項であると認めているということができる。

この点を刊行物によって確認すると、次のとおりである。

甲第5号証(昭和47年3月30日日刊工業新聞社発行「金型便覧」302頁。引用刊行物3)には、「密閉型の場合は樹脂の流入口と空気の排出口を設け、図3・296に示すように型を傾斜したり、あるいは図3・299に示すように空気抜きを設けて空気が閉じこめられないように工夫する。樹脂は底部に入るよう樹脂導入管をつけ、樹脂も混合容器の底部から注入する方法がとられる。」(302頁14行~18行。審決書13頁7行~13行参照)との記載があり、図3・296には、密閉型の場合の注型作業において、樹脂の流入口が下に、空気の排出口が上になるように型を傾斜させ、樹脂を流入口から流入している図が記載されており、図3・299の(b)ないし(d)には、同じく密閉型の場合の注型作業において、型を傾斜させず、型の上端に空気抜きを設けて、この空気抜き及び排出口から空気を抜きつつ樹脂を流入している図が示されていることが認められる。

また、甲第7号証(実願昭55-173307(実開昭57-95910号公報)のマイクロフイルム)には、名称を「断熱枠材製造装置」とする発明の、発明の詳細な説明中に、「注入口19より圧入した配合液36は、第7図に示すように保温材充填空間Aの下方より押し上げるように満たされ始め、その分の空気は溢出口28より抜け出る。」(9頁2行~5行)との記載があること、甲第8号証(実願昭56-114979(実開昭58-21417号公報)のマイクロフイルム)には、「この空気抜孔14は・・・注入口13より上方に位置すると共に、該注入口13より最も遠い位置に存するようになっている。・・・この状態で注入口13より尿素樹脂フオーム原液を注入する。すると、該尿素樹脂フオームは・・・外箱1と内箱2の空間層全体へと広がる。この時、上記空間層内に充満している空気は尿素樹脂フオーム15の成長と共に空気抜孔14より押し出され、やがては上記空間層内は尿素樹脂フオーム15で充満されることとなる。」(3頁3行~17行)との記載があることが認められる。

以上によれば、内部に充填用空間を有する密閉型の容器において、上方に排出口、下方に注入口があるものが多くあり、これらにおいては、下方の注入口から充填剤を充填しようとすれば、上方の排出口が、空気抜き孔の機能を有しているものと認められる。

(ハ) 上記(イ)及び(ロ)を併せ考えると、引用刊行物2には、内部に充填用空間を有する密閉型のパネル本体において、下端の一つの隅部に注入口を設け、当該注入口の設けられた隅部の対角線上の上端の隅部に排出口を設けるという構成が記載されており、上端の隅部に設けられた排出口は、空気抜き孔の機能を有していることが明らかであるから、結局、引用刊行物2には、内部に充填用空間を有する密閉型のパネル本体において、下端の一つの隅部に注入口を設け、当該注入口の設けられた隅部の対角線上の上端の隅部に空気抜き孔を設ける技術(引用発明2)が開示されているものと認められる。

(ニ) 以上によれば、審決が、引用発明2は、充填物注入口が形成され、注入口の対角線上の他の隅部付近に空気抜き孔を形成したパネルである点において、本願第1発明と同じ構成を有すると認定したことに誤りはない。

引用発明2は、本願第1発明における、充填物の充填時に内部空間内にある空気を排出するという技術的意義を持つ「空気抜き孔」の構成を備えていない、引用発明2は、本願第1発明における、「注入口の対角線上の他の隅部付近」に空気抜き孔を形成するという構成を備えていないとする原告の主張は、いずれも採用できないことが明らかである。

(2)  引用発明1(1)と引用発明2の組合せの推考困難性について

審決が、上記相違点について、引用発明1(1)に引用発明2を適用することによって、当業者が容易に本願発明に想到し得たと認定したと判断したことに対し、原告はこれを争う。

原告は、引用発明2は、本願第1発明とは、その技術的課題を異にしている、引用発明2には、フロアパネル等の平面的なものに均一的に充填するという技術的思想が開示も示唆もされていないなどとし、これを根拠に、審決の相違点についての容易推考性の判断を論難する。

しかしながら、本願第1発明の進歩性を検討するに当たって考慮されるべきは、引用発明1(1)と引用発明2とに接した当業者が、これらを契機として本願第1発明に容易に想到し得たかどうかである。引用発明1(1)も引用発明2もともに建築用パネルであることを前提にした場合、引用発明2の技術課題が特殊なものであるため、組み合せることが妨げられるといった特別の事情が認められない限り、当業者において、容易に引用発明1(1)に引用発明2を適用し得たものというべきである。そして、原告主張の上記各事項はいずれも上記特別の事情には該当せず、他にも、これに該当すべき事情は、本件全証拠によっても認めることができない。

3  取消事由3(本願第1発明の顕著な作用効果の看過)について

原告主張の本願第1発明の効果は、本願考案の構成を採用すれば、得られることの自明な効果である。したがって、取消事由3についての原告の主張も、採用の限りでない。

なお、原告は、この種のフロアパネルを工場において効率的に生産するためには、充填が短時間に、隙間なく均一にしかもこれを確認する必要があり、本願第1発明は、これをも可能とした旨主張する。しかし、上記効果は、本願第1発明の特許請求の範囲の構成によって奏せられる効果でないことは、本願明細書の記載自体から明らかであり、主張自体失当である。

4  取消事由4(本願第2発明と引用発明1(2)との一致点の認定の誤り)について

審決は、引用発明1(2)は、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」という構成を有するものと認定し、これを前提に、本願第2発明と引用発明1(2)は、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」との構成部分においても一致する旨認定したのに対し、原告はこれを争う。

甲第3号証(引用刊行物1)を「床パネル」の製造方法の視点からみた場合、引用刊行物1には、

「鋼板を所望の大きさに裁断形成した表面板と、裏板とから構成し、

裏板(B)は表面板(A)の周囲縁裏面に沿う周囲縁を除いた内側を下方に向けて膨出して周囲に垂直な立上がり壁(1a)を備えた箱型の膨出部(1)を形成し、その膨出部(1)周囲の立上がり壁(1a)の前記周囲縁を表面板(A)周囲縁の裏面に取付けるための取付けフランジ(1b)とする、

前記膨出部(1)の膨出面(底面)周囲縁部を除く内側を上方に向けて膨出して底面円弧で断面弓型の補強部(3)を形成する、

裏板(B)の膨出部(1)の膨出面適当な箇所(第7図によれば、裏板(B)の底面端部平坦部)に充填材の充填孔4を形成し、

裏板(B)の取付フランジ(1b)を表面板(A)の周囲縁裏面に一体に取付けて両板(A)(B)間に充填空間(2)を形成する、

そして、充填孔(4)から充填材(C)を充填せしめ、

充填後において充填孔(4)に栓(5)を嵌合固着せしめて形成する

床パネルの製造方法。」(審決書9頁末行~11頁9行。別紙図面(2)参照。

ただし、別紙図面(2)では符号に括弧がない。)との技術(引用発明1(2))が記載されていることは、当事者間に争いがない。

上記記載、特に、「前記膨出部(1)の膨出面(底面)周囲縁部を除く内側を上方に向けて膨出して底面円弧で断面弓型の補強部(3)を形成する、」との記載によれば、引用発明1(2)において、「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有し、」という構成を有することは明らかである。

原告は、本願第2発明における「表面板を形成する工程と、縁部に平坦部を、前記縁部の内側に凹凸部をそれぞれ有・・・する裏面板を形成する工程と・・・を有する」という構成の技術的意義は、充填材を均一に充填して耐荷重強度を確保するために、充填材の流れ抵抗を十分利用できるように裏面板に形成された凹凸部と表面板との関係を調節することにある旨主張するけれども、採用できないことは、前記1で認定判断したとおりである。

その余の原告の主張も、前記1の認定判断に照らし、採用できない。

したがって、審決の上記認定に誤りはない。

5  取消事由5(本願第2発明と引用発明1(2)との相違点についての認定判断の誤り)について

(1)  相違点1について

審決が、引用発明2は、本願第2発明の「該注入口が位置する対角線上の他の隅部付近に空気抜き孔を・・・有する、裏面板を形成する工程と、」との構成を有すると認定し、これを前提として、相違点1について当業者が容易に想到し得たと判断したことに対し、原告は、この認定及び判断を争っているが、前記2の認定判断に照らせば、審決の上記認定判断に誤りはないことが明らかである。

(2)  相違点2について

審決が、引用刊行物3には、本願第2発明の「前記注入口が下方に位置しかつ前記空間抜き孔が上方に位置するように、一体化された前記表面板と前記裏面板を傾斜させて配置する工程」との構成が記載されていると認定し、これを前提として、相違点2について当業者が容易に本願第2発明に想到し得たと判断したのに対し、原告は、この判断を争う。

前記認定のとおり、甲第5号証(引用刊行物3)には、「密閉型の場合は樹脂の流入口と空気の排出口を設け、図3.296に示すように型を傾斜したり、あるいは図3.299に示すように空気抜きを設けて空気が閉じこめられないように工夫する。」(302頁14行~17行)との記載があり、図3.296(別紙図面(4)参照)には、密閉型の場合の注型作業において、樹脂の流入口が下に、空気の排出口が上になるように型を傾斜させ、樹脂を流入口から流入している図が記載されていることが認められる。

上記記載によれば、引用刊行物3には、注入口が下方に位置し、空間抜き孔が上方に位置するように、型を傾斜させて配置する工程の技術が記載されているものと認められる。

そして、本願の出願前に「充填材の注入法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するようにして注入すること」が周知の技術的事項であったことは、原告自身も認めるところである。

そうすると、当業者は、引用発明3から、容易に、相違点2に係る本願第2発明の「前記注入口が下方に位置しかつ前記空間抜き孔が上方に位置するように、一体化された前記表面板と前記裏面板を傾斜させて配置する工程」という構成に想到し得たものと認められる。

原告は、引用発明3が金型に関する技術分野のものであることを理由に、これを引用発明1(2)と組み合せることにより相違点2に係る本願第1発明の構成に想到することは、当業者にとって容易でなかった旨主張する。

しかしながら、上記のとおり、「充填材の注入法として、注入口を下方に、空気抜き孔を上方に位置するようにして注入すること」は周知の技術的事項であることを前提に考えれば、引用刊行物3に記載されている、注入口が下方に位置し、空間抜き孔が上方に位置するように、型を傾斜させて配置する工程の技術についても、必ずしも金型の技術分野に特有の技術ではなく、本願第2発明のように充填材を注入する場合においても、十分に通用する技術であることが明らかというべきである。

この点について、原告は、本願第1発明と引用発明3との密閉された内部空間の形状の相違、充填物の性質等の相違を理由に、引用発明3の金型への注入方法によっては、本願第2発明のフロアパネルのように、短時間で均一に充填することができず、本願第2発明と同程度の生産性を上げることは不可能である旨主張する。しかし、引用発明1(2)に引用発明3を適用することが容易かどうかを判断する場合において、効率性や生産性が、上記適用を妨げるような事情となることを認めることはできない。原告の主張は、失当である。

その余の原告の主張も、上記認定判断に照らして、採用できないことは明らかである。

したがって、審決の上記判断に誤りはない。

6  取消事由6(顕著な作用効果の看過)について

原告主張の本願発明の効果は、本願考案の構成を採用すれば、得られることの自明な効果である。したがって、取消事由6についての原告の主張も、採用できない。

7  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

〈以下省略〉

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